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2011年12月31日

2011.12.31

この一年もたくさんの出来事がありました。

2011年は会計士試験合格後、初めて迎えた新しい年。新しいことにどんどんチャレンジしてみたいという想いがありました。新日本監査法人への非常勤勤務、1ヶ月間のアメリカでのワークアウト、会計塾の開講。全て新しいことへのチャレンジでした。バスケ選手としても、一人の人間としても、何か少しでも成長したい、常にステップアップしていきたいという想いからきています。

東日本大震災によって日本はがらりと変わってしまいました。日本中の人が、何が出来るのだろうかと自問自答しました。バスケ選手として出来ることは、今まで通りバスケをすることです。そして、大事なのはこの震災を忘れてしまわないことだと思います。バスケの天皇杯にも大会名に「東日本大震災被災地復興支援」と付いています。先日行われた高校生のウインターカップにも付いていました。個人的に、これはとても良いことだと思います。いちいち名前を付ければいいってもんじゃないという意見もあるのかもしれませんが、この震災の記憶を風化させない意味でも継続的に続けていくべきだと思います。復興へは10年以上かかるとも言われている長い道のりですからね。微力ですが、僕も出来ることは続けていきたいと思います。

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さて、先日行われたJBLオールスターの際、せっかく広島に来たので行ってみたいと思う所がいくつかありました。その一つが平和記念公園です。

genbakudome.jpg

原爆ドームにたどり着くと被爆者の方がボランティア解説をしており、人だかりが出来ていました。僕は被爆者の話に興味があったので最前列に行き、聞き入っていました。その日は非常に寒く、雪がパラパラと降っていました。そこで予期せぬ出来事が起こったのです。極寒の中、生々しい被害の解説を聞きながら長時間立ちっぱなしだったこともあってか、一番前で話を聞いていた女性が気分を悪くしてしまい、突然倒れてしまったのです。

幸いなことに見学者の中に看護師さんがいたため、適切な処置をしてくれました。救急車を待つ間、何名かで自分達のコートを脱いで女性にかけてあげました。その時、同じく最前列で熱心に話を聞いていた6、7才くらいの小さな男の子がいたのですが、彼は「足がふるえてる。寒そう。」といいながら、自分の小さなコートを脱いで女性にかけてあげたのです。優しい子供なんだなと、ついつい「ありがとね。」って頭をポンポンしちゃいました。

その少年、解説のおじさんに「子供には分からないかなー。」と言われながらもずっと熱心に話を聞いていて、質問もしたりしていたので、とても正義感の強い子なんだなと関心しました。クリスマスに原爆ドームに連れていってあげるお母さんの教育が良かったのかななんて想像しながら、とても心が温まりました。倒れた女性がその後大丈夫だったのか心配ですが、意識はちゃんとありましたし貧血を起こしてしまったんだと思います。大事にはなっていないと信じています。

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posted by okada at 22:26 | Comment(7) | TrackBack(0) | 節目の日記


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